【何してる?】中森明菜を最近見ない理由は?干された原因や現在の活動内容も!

1980年代のソロアイドル全盛の時代を、ルックスとカリスマ性と圧倒的な歌唱力でけん引した中森明菜さん。

歌手と呼んで相違ない歌唱力がもたらす表現力で、玉置浩二さんや織田哲郎さん、井上陽水さんらの大物歌手の作曲した楽曲すらも、ものの見事に歌い上げましたね。

歌番組でも常連中の常連だった中森明菜さん。

そんな中森明菜さんに

最近見ないけれど何をしているの?

と疑惑の声も聞かれるようになりました。

そこで今回の記事では、中森明菜さんを最近見ない理由、干された原因、現在の活動内容を紹介します。

目次

中森明菜を最近見ない理由は?

中森明菜さんは1982年にアイドルデビュー。

デビュー当時からその歌唱力やカリスマ性が話題となり、一気にトップアイドル、トップシンガーの座に駆け上がりました。

中森明菜さんのヒット曲のほんの一部を見てみましょう。

・セカンド・ラブ(1982年/売上約77万枚)
・ミ・アモーレ(1985年/売上約63万枚)
・飾りじゃないのよ涙は(1984年/売上約62万枚)
・北ウィング(1984年/売上約61万枚)
・十戒(1984年/売上約61万枚)

まだレコードだった時代の売上枚数ですから、相当な売れ行きだったことがわかります。

ざっと上げただけでも、どの曲も「聞いたことがある」というものが多いでしょう。

人によっては、全部歌えるという方も多いと思います。

1980年代は、日本のポップソングやアイドルソングの全盛期として、数多くの歌番組が存在する時代でした。

中森明菜さんは、

・ヒット曲も多く数々の歌番組を総なめにした常連中の常連=トップ オブ アイドル
・レコード大賞など多くの賞も受賞した本格派

だったため、ほぼ毎日のようにどこかの局の番組に出ていたほどでした。

そんな中森明菜さんでしたが、1990年代中盤以降、少しずつ露出やリリースが減少していきます。

中森明菜さんを最近見ない理由は大きく分けて

アイドル時代の終焉とバンドブームの到来
二度に渡る長期活動休止

ではないでしょうか。

それぞれ見て行きましょう。

アイドル時代の終焉とバンドブームの到来

1980年代は、日本のアイドル全盛時代と言っていいでしょう。

具体的には、

  • 松田聖子さん
  • 田原俊彦さん
  • 近藤真彦さん
  • 中森明菜さん
  • 小泉今日子さん
  • 菊池桃子さん
  • 松本伊代さん
  • 堀ちえみさん
  • 石川秀美さん

など、多くのアイドル歌手が隆盛を極めた時代です。

しかし、音楽業界という括りの中の変化を見れば

1980年代後半からは空前のバンドブームが到来。

アイドルが歌うような歌謡曲から、80年代のビルボードシーンなどのも影響を受けたソリッドなバンドサウンドやビートパンクが音楽業界を席巻したのです。

バンドブームの結果ヒットチャートの上位はバンドが独占

人気アイドルだった中森明菜さんらも徐々に売上が低迷、露出も減少傾向

になり、最近見ない状態になっていきました。

それまで音楽シーンの中心だったアイドルから業界の主役はバンドへと移り、

1990年ごろにはアイドル時代は終焉を迎えた

のでした。

2度に渡る長期活動休止

中森明菜さんは、キャリアの中で2度の大きな活動休止がありました。

●1度目は2010年~2013年の活動休止
●2度目は2018年~現在の活動休止

です。

この長期にわたる活動休止で完全に

中森明菜さんを最近見ないけれど何をしているの?

という印象が確立したものと考えます。

活動休止は、体調不良という部分が表向きの理由となっています。

アイドルとして隆盛を極めたがゆえ、ブーム終焉などからくる重圧や葛藤、苦悩があったことは言うまでもないでしょう。

中森明菜が干された原因は?

ここでは中森明菜さんが干された原因を見てみましょう。

干された原因は大きく2つではないかと思います。

①近藤真彦さんとの恋愛と自殺未遂
➁レコード会社との確執

では、それぞれ見て行きます。

①近藤真彦との恋愛と自殺未遂

中森明菜さんは1980年代に

同じくトップアイドルだった近藤真彦さんと交際

していたそうです。

当時、毎日のように現場で顔を合わせていた2人は、いつしか恋愛関係に発展していきました。

しかし、トップアイドルである2人の交際は、いつのまにか2人だけの問題ではなくなっていました。

双方の事務所やファン、家族をも巻き込むような大事

になり交際どころではなくなっていきます。

事務所が関わるアイドルの恋愛の苦悩は想像にも及びませんが、2人の価値観の相違などに追い打ちをかけたことは否めないでしょう。

そんな環境の中で破局を迎えた2人でしたが、

精神的に追い詰められていた中森明菜さんは、近藤真彦さんの自宅で自殺を図った

ようなのです。

幸い一命は取り留めましたが、この大きな出来事に

中森明菜さんの起用を控える動き

が起きたことが「干された」と捉えられていると思われます。

➁レコード会社との確執

自殺未遂騒動から何とか再起を果たした中森明菜さんですが、レコード会社との確執が活動の障害となったのも事実。

1998年~1999年に所属していたガウスエンターテイメントとの間では、以下のトラブルがありました。

レコード会社とのトラブル
ファンクラブが勝手にバースデイコンサートを企画
 →レコード会社との協議がなかったためコンサートは中止
新曲のプロモーションの意向が異なり対立
 →社長が強烈に中森明菜さんを批判、「この業界に置けない」と発言

特に大きな問題となったのは、社長の「この業界に置けない」という発言でした。

このことがきっかけとなり、中森明菜さんはレコード会社をユニバーサルミュージックジャパンに移籍します。

しかし、

このことが元で元所属のレコード会社などから圧力がかかり、歌手としての活動に支障が出ている

とも言われています。

こういったことが積み重なって、中森明菜さんの精神にも負担や苦悩がのしかかり2度の活動休止に繋がっていったのではないでしょうか。

性格的には、非常に潔癖で神経質なところもあると言われていた中森明菜さん。

マネジメントを含めて、そばで強く支えてくれる存在があれば状況は違っていたのかもしれません。

才能や圧倒的な歌唱力があるだけに、少し残念です。

中森明菜の現在の活動内容を紹介!

最後に、中森明菜さんの現在の活動内容をご紹介します。

中森明菜さんは2024年現在、

・2022年8月に個人事務所HZ VILLAGEを設立し、Xを開設
・2023年にYouTubeチャンネルを開設

しています。

しかし、個人事務所のXの更新は見られません。

公式YouTubeチャンネルの方では、

往年のヒット曲を再録音した映像を公開し、歌唱力や表現力は健在

であることを見せてくれています。

また、

2023年12月17日にはニッポン放送で「中森明菜 オールタイムリクエスト」が放送

され、同ラジオ番組に中森明菜さん本人が肉声メッセージで出演したそうです。

果たしてこの後、中森明菜さんはどのような活動を展開されるのでしょうか。

これからも、中森明菜さんを応援していきましょう。

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